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【体験談】介護職の教員はつらい!『サービス残業』『過重労働』うつ病になり退職

本記事では、某福祉系学校に10ヵ月働いていた男性の体験談を紹介しています。

『サービス残業』『過重労働』『上司との不仲』様々なことが重なり、うつ病になり退職。

介護職の教員を志している方はぜひ参考にしてみてください。

某福祉系学校に10ヵ月働いていた男性のプロフィール

プロフィール
  1. 石川県在住
  2. 介護職歴:10年
  3. 保有資格:介護福祉士:介護支援専門員:アクティビティワーカー

某福祉系学校での勤続は10ヶ月努め辞めました。

某福祉系学校では介護福祉士学科と保育福祉学科に別れており、それぞれの学科に担任と副担任の専属教員が1名ずつおり、

それぞれの学科に学科長が1人ずつ、学校長1人、理事長、副理事長、事務員などを含めますと常勤の職員は20名ほどとなっていました。

また、その他にも教科によっては外部講師が行っており15名ほどの外部講師がいました。

某福祉系学校の給料の詳細

基本給230000円+交通費3000円ほど、ボーナス支給は最初の半年は0で、その後は辞めたためわかりません。

勤務時間は8:30〜17:00で、月曜日から金曜日とオープンキャンパスのある月は土曜日も出勤していました。

サービス残業は毎日朝7時頃に出勤し授業準備を行い、学生が帰った後も翌日の授業準備や外部講師の授業準備(なぜか、ほとんど常勤の教員が行なっていました。)があり、帰るのが21時から22時になることも少なくありませんでした。

某福祉系学校で働きいて『つらい』『大変』と感じたこと

まずは、なにより業務量が多く、サービス残業が多かったことです。

教員経験ゼロの私でしたが、教員不足からか就任してすぐに一年生の担任を任されました。

また、授業もシラバス(大まかな一年の授業計画が記された書類)を渡されただけで、入学式の次の日から授業がスタートし、なんの教えもなくすぐに教壇に立たされました。

ですから、授業準備や授業の組み立てなどは、前からいる先生に聞きながら自分で組み立てていく必要があったので、学生が帰ったあとも、職員室でひたすら授業準備に追われる毎日でした。

そんな中自分の授業準備のほかに、同学科の外部講師から言い渡される授業準備(プリント作成など)も並行して行なわなければいけなかったため、毎回授業の直前ギリギリまで準備を行なわなければ行けませんでした。

また、昼休憩のときも、昼食中に学生が授業の質問や相談に来たりしていたので、昼食をゆっくり食べる暇もなく、最後には簡単に食べれる菓子パンを少し口にする程度になっていました。

某福祉系学校に勤めて良かったこと

そんな中でも働いていて良いと感じたところは、介護福祉士会への接近的参加や研修制度、他校との関わりも深く、同業界でスキルアップ、ステップアップを図りたいという方にはもってこいの職場だと思いました。

また、20代の若い学生達との関わりも深く、業界の知識のほかに若者の考えや思いを身近に感じ、学べる環境でありました。

某福祉系専門学校を辞めた理由

前述に書いた通り業務多忙で自分のキャパシティオーバーになったのも一つの要因ではありますが、辞めるにあたった1番の理由は、上司と折り合いが合わなかった事です。

自分が務めていた福祉学科の学科長は自分の思うようにいかないとすぐにイライラする方で、ほとんど指導をいただけない中、わたしが自分でなんとか授業案を考えてもすぐに変更させられたり、意見がころころと変わる方であったので、書類や授業案を作るのにかなりの時間がかかりました。

また、サービス残業は当たり前の事でしたが、それでも業務が終わらず、家に持ち帰っての仕事がほとんど毎日ありました。

家に帰っても授業準備や手のかかる学生の事が頭から離れず、気の休まる時間がなくなっていき、精神的にも限界を迎えてしまっていました。

結局、私はたまたま電話がかかってきた先輩に全てを話し精神科に連れていかれ、鬱の診断を受け2ヶ月間の保護入院となりました。

退院後はそのまま辞職し、現在は介護施設で働いております。
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