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【介護士必見!】デイサービスの生活相談員・管理者を13年間続けると年収500万円以上になる。

本記事では、デイサービスの生活相談員や管理者として13年間働いている年収500万以上の男性の『給料額の詳細』や『介護士として大変と感じたこと』などを紹介しています。

デイサービスで13年間働いている男性のプロフィール

プロフィール
  1. 都道府県:神奈川県
  2. 介護職歴:通所介護:相談員兼ケアワーカー13年(管理者業務3年)
  3. 対象のデイサービスの勤続年数:13年
  4. 従業員数:通所介護:約30人近く(管理者・相談員・介護職・看護職・送迎職・事務職)
  5. 保有資格:介護福祉士・介護支援専門員・衛生管理者2種
  6. 年収:約500万~530万
  7. 処遇改善手当支給額:一律2万6千円(月)、特定事業所加算算定後は+3万6千円(月) 計6万2千円

介護士としての年収500万円の給料【詳細】

基本給・手当・ボーナス・昇給額

・21万円位・手当(処遇改善手当・夜勤手当・その他の手当)

・通所介護在籍時:上記処遇改善・役職手当(1万~3万)・運転手当(1回200円)・残業手当

・ボーナス:年2回(4か月)

・昇給額:4月に昇給(数千円程度の昇給)

・残業時間:平均20時間位

介護士として働いて『大変』と感じたこと

私は別業界(飲食業界)からの転職でした。

未経験で介護の世界に飛び込み、経験を積んでいく中で、3年目にして管理者となりました。

デイサービス在籍時は、通常規模型デイサービス(定員45名)・認知症通所対応型デイサービス(定員12名)を併設しており…

それぞれに管理者が必要であったため、当時の私は通常規模の管理者となり、認知症対応型デイサービスにはベテランの管理者がつく形となりました。

同じフロアで併設しているため、送迎・入浴・その他行事など、お互いに連携をしていく必要がありました。

そのような状況から、現場経験の浅い私は未経験ながらも自分が思い描くデイサービスを築いていくために、日々色々なことに取り組みました。

しかし、認知症の管理者からは私の管理者としてのマネジメント能力を毎回のように指摘・指導され、いつしか敵対心のような関係になり、お互いの距離がどんどん離れていくようになり、コミュニケーションがうまく取れなくなってしまいました。

それと併行して、現場では私より経験のある介護スタッフが現場を乱すような状況になり、職員がどんどん退職していく、という悪循環に陥り人員が安定しない状況などになりました。

経験の浅い私は色々なことに対しての自信が持てなくなり、このままでは自分自身が潰れてしまうことを考え、一度管理職から離れ、再度勉強し直すことを決意しました。

そして、3年管理職を勤めたのち、相談員兼ケアワーカーとして従事することで相談業務およびマネジメント能力を高めていくことができました。

最終的に同じ事業所に13年間在籍をして経験を積むことで、自分自身に自信を持つことができました。

今であれば、当時見えていなかったこと、認知症の管理者から言われていたことを理解して、自分なりの管理者像を築いていけたのではないかと考えます。

言い訳になってしまうかもしれませんが、あらためて当時の自分は若かった(29歳)と思います。

介護現場に限らずですが、やはり現場を知ること。

経験を積み、現場を知ったうえで、その置かれている状況を把握し、マネジメントしていくことが必要と感じた時代でした。

現在、通常規模デイサービスと認知症デイサービス管理者は、管理者兼務という形で一人体制になりました。

やはり、同じ事業所内で管理者二人体制というのは、見据える部分は同じにせよ、そこまでの過程には意見の相違が自然と出てくると共に、上手く共存できていたら、もっと理想に近いデイデービスの運営がしていけたと思います。

当時のベテラン管理者の方とはもともと仲が良く、今ではあの時こうしておけば良かった等、お酒を呑みながら過去を振り返る関係です。

感染症の対応に苦慮

他、感染症の対応に苦慮することがありました。

今から5,6年前、通所利用中のご利用者が嘔吐することがありました。

その当時、事業所として感染症に対する意識知識が乏しく、そのご利用者の対応とその嘔吐物処理だけ対応するのみでした。

しかし、時間の経過とともに、嘔吐利用者(家族含む)が増えていき、感染が蔓延していくことを肌で感じました。

すべての対応が後手に回ってしまったため、ひたすら謝罪をして蔓延が収束するのを待ちました。

そのあと、2度と同じ失敗をしないために、会社としての感染症の対応を厳密にマニュアル化しました。

感染症の流行時期には疑いの時点からデイサービスをお休みして頂く、すぐに帰宅して頂く、消毒処理を定時で行うなどして迅速に対応する体制を整えました。

以後、感染症対応としては万全の対応をとり安定した運営ができるようになりました。

介護士を『辞めたい』と感じたことはあるが、続けている

管理者の時代に何度か退職を考えたこともありましたが、それは漠然とした考えであり、この状況からは逃げないで別な形で続けることができないかと考えていました。

忍耐力はある方(転職前の会社が体育会系だったので)だったため、そういった経験も続けることに繋がったと振り返ります。

もちろん、介護業界の給与水準の低さに転職も考えましたが、この仕事で生活をしていくと決めていた部分もあったため、この業界では給与水準は高い会社だったので、現在まで長く在籍をしています。
生活相談員の体験談

【体験談】年収500万円の介護士。利用者にケガをさせてしまった時『辞めたい』と思った。 現役が語る。生活相談員としての『やりがい』『大変と思うこと』『ミスの解決方法』

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