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【女性に優しい施設を!】妊娠のため、7年間働いていた特養を辞職

本記事では、特養で7年間働いていた女性の体験談を紹介しています。

人手不足の介護現場で最後まで働いた彼女の悲痛な思いを赤裸々に告白しています。

では、どうぞ。

特養で7年間働いていた女性のプロフィール

プロフィール
  1. 女性(30代)
  2. 都道府県:福岡県
  3. 介護歴:7年
  4. 特養での勤務年数:7年
  5. 従業員数:約60人
  6. 保有資格:介護福祉士
  7. 年収:350万円
  8. 処遇改善手当:年50万円
給料額の詳細
  1. 基本給:170,000円
  2. 手当:処遇改善手当:月30000円・夜勤手当:月25000円・交通費:月12000円
  3. ボーナス:年2回
  4. 昇給額:年に1000~2000円
  5. サービス残業:有

特養の介護士として7年間働いても、『人の死』だけは慣れない!

介護の現場で働くうえで、私が一番つらいと感じたのは、人の死です。

介護職として働くうえで、人の死に直面するというのは、決して避けられないことなのです。

私は、介護福祉士として特養で約7年ほど勤務していましたが、その間に何度も何度も、人の死を目の当たりにしてきました。

中には『昨日まで元気だったおじいちゃん・おばあちゃん』『ついさっきまで、いつもと変わらない様子だったのに』と思うような高齢者も、たくさんいました。

人の死に何度直面しても、慣れることはありません。

そのたびに、辛い気持ちになるのです。

他にも、延命治療をせず、施設で最後の時を迎える、という看取り介護も行っていました。

延命治療をしないので、いつ亡くなるかわからない高齢者を介護し、さらに、亡くなった後のケアをする際は、本当に本当につらかったです。

次に、大変なことだと感じたことは、やはり!仕事量の多さです。

特養での介護福祉士の仕事というのは、高齢者の生活すべてに関わるお仕事です。

仕事内容を大まかに言えば、食事、入浴、排泄といった生活に必要な介護を行う仕事ですが、それ以外にもたくさんの介護が必要です。

他にも、洗面介助、口腔ケア、着脱介助、リネン交換、爪切りや耳かき介助、おやつ介助、掃除や環境作りなど、高齢者が施設で快適な生活をするために、必要なすべての介護を行います。

また、高齢者とコミュニケーションを図ったり、レクリエーションを行う等の身体以外にも、高齢者が快適に生活するために必要な精神面でのケアも行います。

そのため、仕事量がとても多いのです。

また、物ではなく人を扱う仕事なので、それなりに体重もあり業務はかなり重労働です。

私は背が低く、小柄な体系ですが、そんなのは関係なく自分より重たい男性などを抱えなければいけないので、かなりの力が必要になります。

毎日毎日、走り回って体を使い仕事をしているので、それはそれは大変でした。

7年間働いていた特養を『辞めよう』と決断したこと

私が『辞めよう』と思ったのは、子供の妊娠です。

私が働いていた特養は、人手不足の状態がずっと続いていて、猫の手も借りたいくらいの忙しさでした。

また、高齢者の介護度は年々上がっているので、本当に大変なのです。

そんな中、私は妊娠をしました。

妊娠をしているので、なるべく無理をしないように気を付けなければいけません。

しかし、介護現場は、常に戦場のようにバタバタと忙しい状態で、妊婦だからと言って仕事を制限させてもらうなんてことはできませんでした。

もちろん、いつも通り…いや、いつも以上に働いていました!

周りの職員も、妊婦である私をフォローしたいと思っていたようですが、人手不足で、それどころではありませんでした。

そのため、私も、通常通り業務を行っていました。

その結果、切迫流産、切迫早産で入退院を繰り返したのです。

それでも、『介護をしたい』という気持ちが強く、仕事に復帰していたのですが、さすがに赤ちゃんを犠牲にすることはできず、辞める決意をしたのです。

介護という仕事が大変だけど、仕事自体に誇りを持っていたし、高齢者と関わることは大好きだったので…

仕事を辞める選択を決断したときは、胸が突き刺さる思いでした。

介護の現場全てが、そうではありませんが、妊婦にとって介護現場で働くのは、かなりのリスクがあります。

介護職を辞めた今、妊婦でも『介護現場で働けるような環境作りに取り組んで欲しいな』とは思っています。

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